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聖徳太子Ⅰ

二週間のご無沙汰でした。SALです。

これまでに、「学生時代は日本史嫌いだったが、ある時期から急に興味を持ち始めた。」という旨の書込みをしましたが、最近読んだ本に、ずばりその理由が書かれていて、「やはりそうなのか!」と思わずつぶやいてしまいました。
残念ながら、その内容を書くに相応しい場所ではないので、これ以上は続けませんが…。

変な前置文になってしまいましたが、今回から表題の聖徳太子に纏わることで、思うところを述べたいと思います。
最近の教科書には、聖徳太子に関する記述が無かったり、「厩戸の王子」若しくは架空の人物として扱っているものも有るようです。
確かに、「十人の訴えを同時に聞き分けた」とか「キリストや仏陀の様な誕生秘話」や「三経義疏を記した」等の超人的な言い伝えを見ると、そうなのかと思えたりもしますが、よく考えてみると「誇張された」或いは「有り得ない様な話」が有るからと言って、「実在しなかった」とするのは、極端なように思います。
寧ろ、何故その様な話が残されたのかを考え、納得のいく結論を出す方が面白いと思います。

聖徳太子と言えば、梅原猛氏の「隠された十字架」を思い起こされる方も多いと思います。
確かに、上宮王家は息子の山背大兄をもって断絶しています。当然祖霊を祭るべき子孫がいない訳ですから、怨霊となる条件は揃っています。(この本には多くの根拠が記されています)
太子を「比類ない程に徳の高い人」とすることで、プラスに転化しようとした(御霊化は政治の重要な要素)と読み取ることも必要とは思いますが、それとは別に、曽我氏(本家)を徹底的に悪者(反動勢力)にしておく為に、その業績を太子に付けたのではないかと考えることもできます。
仮にそうだとして、誰がそして何故にそうしたのかを、考えてみたいと思いますが、今回は、ここ迄にします。

追伸:日本史を語る上では、怨霊信仰は欠かせない要素です。
SALは無神論者であり、あらゆる思想・理論に対して「信者」ではありませんが、古代の思想・世界観(特に東洋の)には結構興味があります。

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